女子力アップ|美容・健康・音楽の総合サイト|

美容 エイジング スキンケア ダイエット

秋田Aスケとは?いと・こいで人気の秋田Aスケさんが死去・・・

      2015/10/08

秋田Aスケとは?いと・こいで人気の秋田Aスケさんが死去・・・

戦中から戦後に活躍し「夢路いとし・喜味こいし」らと人気を競った漫才コンビ「秋田Aスケ・Bスケ」の秋田Aスケ(あきた・えーすけ、本名山口敬一=やまぐち・けいいち)さんが8月24日、糖尿病性腎症のため大阪市内で死去していたことが7日、分かった。93歳。徳島県出身。

1938年頃に「上方漫才の父」と呼ばれた漫才作家・秋田実氏が吉本興業で開いた漫才道場の記事を新聞広告で見て応募した秋田Aスケさん。

しかし、間もなくコンビを組んだ弟が死去してしまいます。

46年に新コンビを結成し、秋田氏主宰のお笑い劇団「宝塚新芸座」に参加。

軽妙なしゃべくり、二代目Bスケの猿のものまねで50~60年代にアイドル的な人気を集めました。

この“猿芸”は間寛平(66)に引き継がれてます。

また、主な弟子に元大阪府知事の故横山ノックさんらがいます。

コンビ結成に至る過程・・・

双子の弟とコンビを結成します。

しかし・・・

間もなく双子の弟のBスケが病死してしまいます。

しかたなくAスケは大阪を離れ初代柳家三亀松のカバン持ちをしていたところ、

漫才師の守住田鶴子(旧名:高田田鶴子。人生幸朗、浅田家寿郎らの元相方)の甥、
また高田水月の叔父にあり造船所で働いていて神戸の天狗連で名を売っていた二代目Bスケ

を紹介され、1946年新コンビ結成しました。

1948年、師匠の秋田實が率いるMZ研進会に加わって切磋琢磨し、1951年、秋田と小林一三が立ち上げた宝塚新芸座に納まり、二代目Bスケの猿の物真似が人気爆発します。

その後各々副業を持ち表舞台から離れ、また最近は両者共に高齢のため目立った活動をしておらず、後輩の出演する寄席や講演に乞われて顔を出したりしていました。

いと・こいの定番ネタ『こうもり傘の張り替え』は、元は秋田實がAスケ・Bスケのために書き下ろしたネタであった事からも分かる通り、しゃべくり漫才を基本としていました。

二代目Bスケが猿の真似で子供達に大人気を博したことから(エテ公のBちゃんと呼ばれた)、
話術ではなくギャグ頼みになってしまうジレンマを抱えてもいました。

猿真似で売った二代目Bスケは、研究のため実際に猿の檻にまで入ったみたいです。

Aスケは一発芸に依存して稽古に不熱心なBスケを嘆き、また結成60年記念の記者会見でも「最近のお笑いは漫才じゃなくてコントになっている」と苦言をこぼしていました。

 - 芸能, 訃報

LINEで送る

  関連記事